| ESSAY
Vol.2 あ
る夏の日のハナシ
ある夏の日の夜、この世に残されたのは、
お姉さんと私、たった二人だった。
さっきまで、梅雨の雨が降り続いていた。
今は、すべてのものが平穏に見えるこの場所。
あの時もそうだっただろうか?
梅雨のほとんど終わりの頃だったのだが、あの時も相変らず雨が降っていた。
『雨の日は、搖れる窓の外を見てはいけない』と
私はお姉さんに、数えきれない程言い聞かされていたが、
私はなぜかまた、窓の外を見てしまった。
『映画館で怖いホラー映画が上映される時は、映画館の前を通ってはいけない』と
私はお姉さんに、数えきれない程言い聞かせれていたが、
私は映画館の前の道を歩いてしまった。
小さな窓の向こうには、昼に見た、町の小さな映画館の看板に描かれていた
白い服の女が、私を見ながら笑っているようだった。
それを見て私は急に泣き出した。 とても小さな声で……。
私の泣き声が聞こえたのだろうか?
お姉さんは眠っている乳母のお婆さんをそっと越え、泣いている私をこっそり抱いてくれた。
私は待っていたとばかりお姉さんにしがみついた。
お姉さんの暖かい体温が私の全身に染みこんでくるのを感じた。
お姉さんにぎゅっとしがみつきながら、なんだかわからない、でもいつもそこにある痛みを、
微かに感じた。
私の胸の中を空っぽにした、正体のないそれは、さびしい世の中で私
一人残されてしまったという絶対的な孤独のようなものだった…
私の傷をかばって、抱いてくれる人に、永遠に会うことができないという感覚……。
その晩も小さな窓の向こうには、昼に見た、町の小さな映画館の看板に描かれていた
白い服の女が、私を見ながら笑っていた。
雨の日は、窓を見てはいけないのを知りながら、私はまた窓を見てしまった。
私は私に禁止された道を歩く誘惑を振り払うことができずに、
ここまで来た。
何年か前までは、自分が女になったということだけで本当に幸せだった。
そのためにどれだけ努力し、どれだけ傷ついたことか。
私は自分自身をとことん傷つけてきた。
鏡にうつる自分の姿をみれば、あまりの多さに忘れてしまった傷だらけだった。
ごめん、と抱いてあげたいのに、鏡の中の私は私を拒否する。
お姉さんは私にこんな風に言った。
『明日からは映画館の裏道を通ろう』
お姉さんが私の涙をぬぐってくれると、私はうとうとし始めた。
やさしい女性 …。
いつも私を裏で支えてくれ、 結局トランスジェンダーになってしまった強情で生気地な妹を、
何も言わずに見守ってくれた…。
姉であり母だったし、母であり父であったし、父でありながら友達で、
友達でもあ り血を分けた姉妹だった、私のお姉さん。
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